【人脈】理不尽な恩師に、大人として感謝するということ
前回、「多感な時期に導いてくれた恩師を大切にし、胸を張れる生き方をしよう」というお話をしました。
しかし、こう思われた方もいるはずです。
「自分には、そのように思える素晴らしい先生なんていなかった」と。
学校という狭い檻の中で、理不尽に殴られたり、なぜか目の敵にされたり、大人の都合で理不尽に抑えつけられてきた。
そんな「恵まれなかった学生時代」を過ごし、学校やルールという縛りから解放されて、社会に出てようやく自分を解き放つことができた――そういう人だって、決して少なくないはずです。
では、そういう「敵対していた先生」や「理不尽な大人」しか周りにいなかった場合、ボスガエル理論ではその人脈をどう捉えるのか。
結論から言えば、「その理不尽な存在にすら、大人として感謝する」のです。
もちろん、これは「相手の理不尽を許して、仲良くなりましょう」という意味ではありません。そんなオタマジャクシのような綺麗事ではありません。
そうではなくて、
「あの時、あなたという理不尽な壁が目の前に立ちはだかってくれたおかげで、私は『絶対にこんな大人にはならない』という反面教師を得た。あなたという環境があったからこそ、私は他人が書いた台本を破り捨てる強さを手に入れられた」
と、自分の成長のエネルギーとして都合よく解釈し、冷徹に感謝するということです。
ある人にとっては「背中を押してくれた恩師」が励みになり、またある人にとっては「理不尽に立ちはだかった壁(敵)」が反発心という名の強烈な原動力になる。
これもまた、人間が抱える一つの矛盾であり、答えです。
あなたを縛り付けていた過去の鎖は、今やあなたがボスガエルとして跳躍するための「踏み台」に変えられるのです。
<おすすめの行動>
・「反面教師リスト」を作る:当時の理不尽な先生がやっていた「嫌だったこと、理不尽だった言動」をノートやスマホに書き出してみる。そして、その横に「だから自分は部下や後輩にこう接する」という自分流の絶対ルール(正解の台本)を書き加えてください。
【今日の一歩】
・当時の敵だったセンコーの名前をネットで検索してみて下さい


